昨日は東京ドームのイタリア展行ったが客席で寝てしまいました。
さて、今日は成人の日、今年は去年あれだけ騒がれたせいか、大きなネタとなるような不祥事は報道されていない。そもそも全国の自治体で警察沙汰までになるのは各地さまざまな工夫で新成人ボランティア運営に関与したりという試みが奏功したのでしょう。いずれにしても新成人のみなさんおめでとう。学生の時に塾講でバイトしてたときに教えていた高校生も新成人の一員になりました。そして成人式運営にかかわった社会教育職員のみなさんお疲れ様でした。
成人式はよくもう意味がないから無くしてもいいという議論が結構いわれるが、そもそも「ハッピーマンデー」なる構想で1月15日だった成人の日を「連休が増えて景気対策になる」という「大人の都合」で第2月曜に動かしておいて、新成人に自覚がないと批判しても説得力がない。一方「国民の祝日に関する法律・第2条」(昭和23年)には「おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。」と規定されています。つまり、大人になったと自覚していない、みずから生き抜こうとしない青年は祝わなくてもよいともいえるのでは?(冗談よ)
ちょっと適当に分析すると、問題がおきるのは大都市でも小規模な村町でもなく中小の地方都市≒それこそ「ファスト風土」が多いように見えます。成人式にワザワザ出てきてまで騒ぐのはファスト風土に取り残された土着の若者で、発散する場がないともいえます。地域共同体が崩壊しているのに、スマートな都市型コミュニティーが存在しているかのようなフィクション(これがファスト風土の錯覚感)との軋轢を象徴している出来事のように感じるのは、わ首都圏に住む者の偏見でしょうか。
無論そういう一部のヒトはどこでも一定数いるだろうけどね。私のときも、いわゆるそういう同級生は真っ白の羽織袴で来てましたし。会場だけ来て式場には入らなかったけど。もう6年前・・・いかん歳の話は。
昨日は大学時代の友人(一部は高校からの)と久々の新年会で飲みました。場所が渋谷ということで、私渋谷で降りるのは・・・と考えてみたら5年弱ぶり、就職活動のときに来て以来で自分でも驚きです。東京へは年中来ていて、乗り換えには何度も使っても特定のところで下りていないということはあるもんです。完全にオノボリサンになってしまいました。酒の話題でも、徹夜の無理が効かなくなっただの、無理するとひざが痛いだのなんか20代も後半になるとこんな話題になるのかという感慨です。私も同様に年末の風邪が治るまでにえらく時間がかかりました。「年取ったってことかな」が共通の話題になり初める年齢になりました。
世の中いつの間にかweblogが「ブログ」として広まっています。何人かにも勧められていましたが、新年を期してやってみようと思い立って設置しました。慣れない部分ですが少しづつ充実させていこうと思いますのでよろしくお願いします。
1978年(昭和53)生まれ。O型・天秤座・動物占いはコアラ。
職業:団体?職員 社会学修士
小さいころからの鉄道好き。鉄道の読書がきっかけで地理・歴史・公民が自然に学ぶ下地ができ、転じて雑学好きになる。したがって学校では社会科が好きになった。一方で体育・スポーツは大の苦手、それに伴う屈辱も多数。それを誰にも負けない(当時)鉄道&雑学知識で乗り切ること多数。 → 苦手の克服より長所を伸ばすことに力点を置く思想の原点。一方で向上心が乏しい(すぐに「代替」を見つけてしまう)のが難点。
中学時代のいい経験(恩師3人(学校2人・塾1人))と嫌な経験(荒れたクラス・学校という組織の違和感・突然の偏差値使用禁止)の揺らぎから「学校外」をフィールドにした「教育」への潜在的興味を持ちつつ。高校で史学志望から「社会学」の存在を知り、社会学を学ぶが、ここで社会教育の権威の教授と出会い、「学び」の考えを深める。就職と同時に夜間大学院に進学し、高等教育を中心に「社会学教育」という営みを通じて『「キャリア教育」としての「社会認識教育」』をテーマに在野で研究を細々と続けている。
趣味多数